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鹿児島の町(1968年10月 40歳)



 鹿児島の宿で夕食が済んだ頃、鹿児島市内に住んでいる女学校の時の同級生が宿に尋ねて来てくれました。 遠く離れているし、女友達が久しぶりに逢うと、話題には事欠かないものです。 部屋で夜の11時頃まで話が弾みました。 夫が傍に居るのも忘れて、とにかく良しゃべりました。夫は呆れて眺めていました。

 友達の話では、 鹿児島と言う所は、自然の災害をまともに受けている所で、毎年台風の季節になると激しい風が海水を巻き上げて吹いて来るので、折角丹精を込めて咲かせた朝顔も、塩水の洗礼を受けるので枯れてしまうとのこと。

 桜島は絶えず噴火を繰り返しているので、火山灰が降ってくる時には、目も開けて居られないくらいで、傘を差して灰を防ぎながら町中を歩かなければならないとも言っていました。

 折角洗濯して干した物も、火山灰が降ってくると、灰色の染みが一面について汚れるので、もう一度洗い直して家の中に干す事もしばしばのようでした。

 でも鹿児島市の人口は40万人とも言われています。 こんな災害を繰り返し受けながら、鹿児島市民はやはり何所よりも鹿児島を愛しているようでした。
翌日(S43年10月18
日)は、夫と共に桜島と市内見物をする事になりました。 鹿児島港で桜島行きのフェリーを待つ間、明るい陽光の中で海からそそり立つ桜島を眺めながら、明治維新の原動力となった薩摩隼人達の気概を考えていました。

 人の足だけを交通の手段とした江戸時代の末期に、鹿児島は江戸や京都から見ると、余りにも遠い地の果てだった筈! 交通が便利になった今でさえ、愛ちゃんは遥かに遠い異国にいるような感じでした。

当時鈍行の汽車では、岡山から鹿児島までは24時間かかりました。

 友達の話では、鹿児島の人の目は辺境の土地である事を意識して、絶えず中央に向けられているようでした。 それが維新の思想に結び付いたのかも知れません。 底抜けに明るい南国の太陽と、目の前の火を噴く雄大な桜島! 毎年襲ってくる台風の威力も、志士達の活力の源となったように思われます。

 桜島は目の前にあるようでも、フェリーで20分はかかりました。 桜島の袴腰港で 『湯の平登山・溶岩巡り定期観光バス』 に乗って観光することになりました。

 ガイドさんの説明によると、大正3年1月12日の大噴火では、流れ出した溶岩が水深100mもある周辺の海を埋めて溶岩台地を造り、大隈半島と陸続きになったと言うことです。

 観光バスのコースも、その時に出来た溶岩台地の中を走りました。 黒々とした溶岩は様々な奇形となって行く手に現れ、見方によっては動物や人の顔にも似たものがありました。 果てしなく続く溶岩台地は、爆発当時の凄まじさを物語っていました。

 大正3年と言えば、古老の中には大噴火を目撃した人も居るわけで、万雷が轟き、噴煙は空を焦がし、真っ赤な溶岩が湯煙を上げて櫻島一帯の周りの海に流れ込む様子は、壮観だったと言うことでした。

 今は静まり返った黒い大地だけど、地球は生きて変化を繰り返していると言う実感が伝わって来ました。 観光バスに乗車した所と反対側にある故里温泉には、放浪記で有名な林芙美子の文学碑がありました。 

『花の命は短くて 苦しきことのみおおかりき』

 桜島観光を終えて、再びフェリーで鹿児島の町に戻り、市内観光バスに乗車。 メインは西郷隆盛の遺跡でした。 鹿児島が生んだ明治維新の英雄、西郷隆盛は日本の英雄でも有ります。 

東京の上野公園には、浴衣姿の西郷さんが犬を連れている銅像があるけれど、鹿児島市の目抜き通りにある西郷さんの銅像は、軍服を着用した威風堂々とした物でした。

城山に上がって、西郷さんが最期に自刃したと言う小さな洞穴の前に立つと、大志を抱いて日本の政治のヒノキ舞台に踊り出た英雄の末路が、そぞろ哀れを誘いました。

ガイドさんの話では、鹿児島のシンボルは何と言っても桜島なので、夜間も山が見えるようにと、城山から光を放ってみたけれど不可能だったと言っていました。

城山から桜島を望むと指呼の間のように見えるのに、実際には山の高さが1000m以上も有るし、距離もかなりあるようです。 市内観光を終えて、宿の夕食までには少し時間があったので、観光コースからは外れていた 『磯公園』 にタクシーで向かいました。

磯公園は、島津藩77万石の別邸として1660年に造営された物で、正面の錦江湾を池に、4キロ隔てた桜島を築山に見立てて、スケールの大きな回遊式の大庭園です。

この磯公園から見る桜島が最も美しいとされています。 磯公園は海岸沿いにあるので、桜島は海からの全貌が眺められ、形も富士山のように整っていて、本当に素晴らしい眺めでした。 大抵の山が標高何メートルと言っても、それは海上からの高さです。 

園内の茶店に、 『じゃんぼ』 が売っていたので、早速注文して食べました。 じゃんぼ と言うのは串団子の1種だけれど、串が2本刺しているのが特徴です。

朝のテレビ番組の決定版といわれた 『おはなはん』 で、おはなはん が、頑固一徹な舅と、城山で仲良く じゃんぼ を美味しそうに食べているシーンがありました。 

愛ちゃんは、鹿児島に行く機会があったら、 じゃんぼ を食べてみたいと宿望していたのでした。 じゃんぼ とは、団子に砂糖醤油をまぶした物で、2本の串は侍の2本差しをもじっているようでした。

雄大な桜島の絶景を見ながら、贅を尽くした磯公園の庭園の中で味わう素朴なジャンボは、格別な趣がありました。 鹿児島の土産は、直径が30cmくらいもある、桜島大根の漬物と壷漬、カルカンなどでした。

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